偶然に偶然が重なり合ってできた日本という国は、湿潤な環境で世界から見れば所謂工業先進国で、紛争などという国内での争いは江戸時代に置いてきて、置いてきてからは富国強兵を目指し、今まで築いてきた文化を黒く塗り潰す様に欧米の文化を取り入れ、列強と肩を並べようと躍起になり、その努力が今に至る。余談だが、こんなにも数多くの宗教が混在しながらも内戦が起きてないのは日本くらいである。
しかしながら、今の日本人は昔と比べ、なにか変わってしまった。文化と一緒に、なにかも黒く塗り潰してしまったのかもしれない。
例えば
「捨て猫」
入梅(つゆいり)を発表してしばらく経った日のことだった。じゃんけんで負けてしまった孔平は、何十kmと先にあるコンビにまでアイスと諸々のものを買った帰り、行きにはいなかった、もしくは気付かなかった存在に気がついた。
「にゃぁ」
こじんまりとしたダンボールの中に子猫というお決まりのパターン、いわば捨て猫。梅雨特有の霧の様な雨にしっとりと濡れていた。
「(こんな山奥にわざわざ捨てるくらいなら里親探した方が賢明だと思うけどなー)…子猫」
「にゃあ」
自分たちのご先祖様が活躍していた時代にはあって、今は廃れてしまったもの。人徳とか、命に対する重みとか、そういう感情を、人はいつから忘れてしまったのか。
どうすることもできず、孔平は考えながら子猫を見つめた。
(どうしよ…日輪荘に連れ帰っちゃダメかな…ヨシカンさん怒るかな…丸丸はいいとして…尾兎丸は反対しそう)
「にゃぁ」
「…ええい!」
「うにゃっ」
後悔先に立たずとはよく言うけれど、やらない後悔よりも、やった後悔の方がマシだ。と孔平は子猫を抱き上げる。ビニール袋の中身よりも軽く、アイスと同じくらい冷たいんじゃないかという身体は、孔平をさらに駆り立てた。
「ただいまぁー」
「おかえりー。遅かったね…て、え?」
「にゃあ」
「はい。これ」
玄関へ出迎えた丸丸にビニール袋を渡し、孔平はいそいそと風呂場へ向かう。
大き目の洗面器に熱く無い程度のお湯を注ぎ、子猫を浸からす。
「気持ちい?」
ペット用ではないけれど、石鹸を泡立て子猫を洗う。
「孔平、その猫、どうしたの?」
「あーえっと…」
ごしごしとタオルで身体を拭いているときだった。丸丸がひょっこりと顔をだした。
「拾ってきたのか」
「うわあ!よ、ヨシカンさんっ」
いつの間に背後に回ったのか、ヨシカンさんが孔平の背後に回り、子猫の前足の付け根部分に手を回し、後ろ足をぶらつかせるように持っていた。
「あの」
「猫か。おりゃあ好きだぞ。猫」
「じゃあ!」
孔平の顔が輝く。
「柔らかくてな、美味いんだ。特に若いのは。知ってるか、お前ら。猫の肉は白いんだ」
にっこりと、ヨシカンさんは笑った。
「だめええええ!!」
すかさず孔平は子猫を奪い取る。ヨシカンさんは特に気にせず「別にとって食いはしねーよ」とカラカラ笑って去っていった。
思わずその場に座り込んだ。
「にゃあ」
「飼ってもいいっぽいね」
「あ、尾兎丸に断りいれてないや」
「ヨシカンさんがいいっていったんだから、大丈夫でしょ」
子猫がするりと孔平の手から降りる。身体を振って水気を飛ばし、毛繕いをし始めた。
「名前は?」
「んー、あ、キョウジ!」
「キョウジ?人間臭い名前だね。どうやって書くの?」
「恭しいに…次の人ーとかの次?」
「すごい名前…」
「いいじゃん。恭次!お前今日から恭次な!」
「にゃーん」
なにか、は、もしかしたら、捨てたわけではなく、黒く塗り潰したわけでもなく、ただ
「恭次!」
忘れてしまっただけなのかもしれない。
「にゃー」
だから、なにかの拍子にこうやって思い出すのだ。
(つかれたー)(おかえり尾兎丸)(おう、ってなんじゃそりゃ!)(恭次!)(いや、恭次って言われても…あーめんどくせー世話しろよ?)(わかってるって!)
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