光を感じたとき、一つの達成感があった。生まれて初めて感じた、達成感。そして、


『オ前ガイナケレバ母サンハ』


生涯背負うこととなる闇の幕開けでもあった。


「っ!」


夢見が悪く、跳ね起きる。心臓の鼓動が嫌なリズムをたたき出す。同時に、嫌な汗も薄っすらとかく。
なんの夢だったか。よく覚えてはいないが、良い夢ではないことだけは確かだった。


「はぁ」


天気は快晴。時たま心地よい南風が吹いているようだ。この世に生を受けたもの全てが命というものを存分に輝かせるにふさわしい日。
躍動の日である。

テキパキと布団をたたみ、押入れにしまう。化粧台…とまではいかないが、鏡台の近くにある漆塗りの筒に同色の椀といささか年季の入った、しかし大切に使われていることが分かる大小数種類のはけをとりだす。
湿気を嫌うかのようにがっちりと密閉された筒を蓋を開け、椀に中身を注ぐ。出てきたのは、粉末状の顔料だった。
そこまでして、赤丸は、はて、と思った。

(なぜ拙者はこの貴重な顔料を…?)

顔料は古くから日本に伝わる色の一つ、鉛丹だった。
普段ならば、100円で均一とかいいながら四桁の商品が売っている全国に顔の知れたメーカーで水彩絵の具を買って、それを身体全体に塗っていたというのに。

(まぁ、出してしまったものは仕方あるまい)

思い出深いそれを、少々惜しみながらもだし、水で溶かして自身の真白い肌に伸せた。





「あれ~赤丸、今日なんか違う?」

「そうでござるか?」

「うん、なんか、オーラが違うよ」


初めに違いに気付いたのは、孔平だった。
確かに、いい顔料を使っているだけある。そしてこの天候。気持ちが自分でも気付かないうちに踊っていたのかもしれない。

(拙者もまだまだでござるな…)


「お、そーいや確かになんかちげぇなあ」


次にはっちゃん、丸丸、尾兎丸と気付く。


「赤丸にしては珍しく、いいもの使ってるね。今日なんかあった?」


最後に、珍しく帰省していた羅門が赤丸に問うた。


「さすが羅門。諸国放漫しているだけはござるな。これは鉛丹という顔料でござるよ」


皆が関心する最中、羅門だけは、諸国放漫て、褒めてるの、それとも…。と呟いていた。


「でも、なんでまた?」


食事以外の家事を担っているだけあって、少しばかり家庭的くさい赤丸は、自他共に少しばかりけちだと認めている。
その赤丸が、鉛丹という、価値はよくわからないが、ともかく貴重なものを使用した。


「さあ、拙者もよくわからないのでござるよ。気付いたら、その顔料が入っている筒に手を伸ばしていて。仕方が無いと塗ったのでござる」

「あー!!」


皆がまたも、へー、と言っていると、孔平が叫んだ。


「な、なんだよ急に」

「ちょ、みんな、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど~あ、赤丸!赤丸は洗濯そのままお願いできる?」

「いいでござるが…終わったら手伝うでござるよ?」

「いやいやいや、いつも頼ってばっかだしさ~。ほら、みんな手伝って!こっち」

「なんだ?ったくよ~」


孔平以外の皆が疑問符を浮かべる中で、赤丸は洗濯物を干すのに専念した。




天気がいいとあれもこれもとしたくなってしまう。
普段お世話になっている日輪荘の掃除も、いつも以上に隅々まで行った。
結果、日はすでに沈みきり、漏れた光だけが空をも照らす。


「みんなはどこに行ったでござるかぁ~」


気がつけば、日輪荘にはヨシカンさんと恭次しかいなかった。
ヨシカンさんに皆の行方を尋ねようにも、時代劇、よりにもよって水戸黄門を視ている為聞けない。
恭次にいたっては論外。


「…ヤバイ。眠いでござる」


やることをやり遂げた今、多少の疑問は残るものの、眠気が赤丸を襲う。
起こしてくれるだろうという淡い期待と共に、赤丸は瞼を閉じた。


『なんてことだ…』
『双子でしょう?なのになんでまあまあ』
『いずれにせよ、異端だ。母も、その子らも』

『返セ。母サンヲ返セ』

『赤丸…いいのよ。あなたは』

『消エテシマエ!』

『あなたも、私の大切な子なんだから』


「…る、…ま…おい、赤丸?」

「んあ?」


次に目を醒ましたとき、あたりは闇一色だった。星がぼんやりと空に浮かぶも、月のせいか、あまり輝いて見えない。


「なんかうなされてたぜ?おまえ」

「少し…夢見が悪かっただけでござるよ」


また、あの夢。今朝方見た夢とリンクしているようにしか思えない。


「して、夕食にござるか?はっちゃん」

「あー、まあそんなところ」


しどろもどろに言うものだから、また疑問符が浮かぶ。


「いいから来いよ。今日は一味違うぜ」


何はともあれ、大人しくついていった。



「赤丸、誕生日おめでとう!」


ぱぱーん。クラッカーが鳴り響く。


「…は?」


頭にかぶさった紙テープを払い、赤丸は現状に追いつけないでいた。


「もう、もしかしなくて自分の誕生日も忘れてるでしょ!」

「えー…あ、あー」


確かに、今日、4月29日は赤丸の生まれた日である。


「覚えてて…くれたのでござるか?」

「正直、忘れてたんだけど、思い出してね。即席だけど…」


孔平が赤丸に差し出した雪色の入れ物。おずおずと受け取る。


「開けてみろよ」


はっちゃんが、皆がうなずく。


「あっ」


それは、鉛丹とはまた違う顔料。


「ホントはね、鉛丹にしようかと思ったんだけど、鉛丹…た、高くてね…!みんなでお金出してだせるのがその色がいっぱいいっぱいだったんだ…ごめん」


それはかつて母が愛した色。女を際立てる極彩の色。


「真紅…うん、嬉しい。嬉しいでござるよ。ありがとう…みんな」

「ちょ、ちょっと赤丸!泣くほど塗料に困ってたの!?」


母の肌もまた紅かった。しかし、それでも母はこの色を肌に伸した。
惜しみなく。まんべんなく女を起たせた。


「誕生日、良い日にござるなぁ」




忘れるのも仕様がなかったのかもしれない。
それは苦痛でしか無い日。
己が存在してしまったが為に、母の運命を狂わせてしまった日。
それでも祝福してくれる友がいる。
もう、かつての己ではないのだ。


(おめでとう……紅丸)


小影綸子さんが赤丸の誕生祝いとして書いて下さいました。


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