例え直接的でなくとも、それは感じることができた
嫌悪、恐怖、偏見、殺意
よくわからないけれど、全てが混ざり合った様な、どす黒い感情を向けられていた


「ボクは…」


なぜ、生まれたのだろう


忍有るまじきかな
だが、心が葛藤せずにはいられなかった


木の枝に腰を下ろし、幹に背を預ける
右足を立て、ひざ小僧に額をつける

ザアザアと雨が降る
濡れることだって、構いやしなかった
濡れたところで、自業自得。咎めるものはいない


「う…;ひっ、うっ…ううっ」


赤丸少年期、彼はいつも1人、同じところで泣いていた






「ここが…日輪荘」


セミがミンミンと唸る夏のころのことだった
静かな山奥に、1人の青年、少年のちょうど間ぐらいの年頃の若者の姿があった
赤い肌に、後ろで1つに結った短めのおさげ
それを包み隠すような忍装束
風呂敷に包んだ小さな荷物


「誰だ?」

「わっ」


気配もなしに背後から声をかけられ、不覚と思いつつもなぜか相手に殺意はわかなかった


「えっと…どちら様ですか?」


振り返ってみれば、全身を黒で包み隠した、纏う物は手練忍。しかし、容姿はそうは言い難かった


「…ああ、お前今日からここに下宿する奴か」

「え、何で知って…まさか!」

「ああ、そうだ。俺はここの大家、ヨシカンだ。ええっとお前は…」

「赤丸、です。出身は一応レッド忍者ですが、俺は普通の肌です」

「ふうん、で、説明すっからとりあえず中に入ってくれ」

「っ…。はい」


赤丸は一瞬驚いた
これまでレッド忍者と聞いて、肌は普通といえば、他者は、同属は何かしらの感情のこもった目を向けてきたからだ
しかしどうだろう。このヨシカンという男
興味など全く無いように、それよりも荘の案内や説明が大事だと言いたげにさっさと戻っていった

こんな忍もいるのか

戸惑いと、嬉しさ
初めての感情に、少し頬が緩むのがわかった


「何してる!早くこい!」

「あ、わ、すみません!!」






中は少し年季の入った、しかしそれ以外はいたって普通の荘だった
キョロキョロと物珍しげに当たりを見回していたら、落ち着けねえのか、お前は。と言われて紅く着色した頬が更に赤みを増すのがわかった


訪れた部屋はどうやらヨシカンさんの部屋らしい
レトロなテレビはみかんの箱が土台になっていて、丸いちゃぶ台と、なんだか時代がさかのぼりしたような錯覚に陥った


「お前にいうことは、ただ1つ」


ゴクリ、と唾を飲む音が異様によく聞こえた
何を言われるのだろう。ここに来るきっかけとなった長や親父のように罵倒、嫌味を言われるのか
…結局この人も、嫌々なのか

負の感情が、渦巻いた


「家賃さえ払えば、好きに住み着いていい。求人丸はこっちで取ってるから、そっから仕事を探せばいい」

「…へ?」


呆気に取られた
妙に身構えていた、条件反射ともいえる体の力がフッと抜けていった


「飯もでる、風呂もある、寝床もある。だが、家賃だけ払え。そうすりゃここはお前の家だ」

「あっ…」


何を言って良いのかわからない
口を開いても、震えてうまく動かせない
こみ上げて来る思いは、今までとは全く違うもの


「ありがとう、ございます…」

「アン?何言ってんだお前」


でてきたのは、ありきたりな感謝の言葉
ヨシカンさんはフンと鼻を鳴らして部屋を出て行った


「そうそう、他の奴らにも挨拶しとけよー。あいつらは今日、お前が来ること一応しってから」


ひょこりと顔だけ覗かせ、今度こそヨシカンさんは去っていった
ぽろぽろと涙がこぼれる
いつか飽きもせず毎日のように出た涙
いつか二度と泣かないと誓った涙
静かに静かに、嗚咽も出ずに、ただそれは流れた


「ヨシカンさん?ってうお!お前誰だ!?」

「へ」


気配はあっても、意識しなさ過ぎたせいで不覚を取ってしまった
目の前に現れたのは白髪(はくはつ)の上半身裸の青年
上半身裸、ということはおそらくは半裸忍者だろうと、零れ落ちる涙を拭きもせずに考えた


「な、泣いてんのかよ…よくわかんねえけど、お前誰だ?まずそっからだよな??」

「俺は…」


困惑気味に青年が訊ねてきた


「あ、俺ここに住み着いてる忍者で、はっちゃん。って呼ばれてる。俺、記憶がなくてな。頭が白いからそう呼ばれてる」

「俺は、赤丸。レッド忍者。今日からここで世話になる」

「レッド忍者?わりぃ、聞いたことねえ」

「いい…別に」


まあ、座ろうぜ。といわれたので、ヨシカンさんの部屋だが座った


「なあ、なんで泣いてたんだ?」

「わからないんだ」

「は?」

「ヨシカンさんに、レッド忍者なのに、肌の色が通常だと言っても何も言われなかった。それが、よくわからないんだけど、嬉しいんだ。多分…。それで、俺は、きっと…親父も、こんなこと言ってくれなかった。口を開けば、俺の悪口だった。だから、だから」

「あー!!」


ビクッと身体が小さくはねた
はっちゃんは立ち上がり、頭をガシガシと掻いて言った


「よくわかんねえけど、今日からお前は俺らの家族なんだろ?」


手が伸ばされる
その意図が、よくわからなかった


「ならメソメソしてねえで、よろしくやろうぜ」


ニッと笑われて気付いた
自分は、この手を握り返すことを求められているんだ。と
恐る恐る手を伸ばして、掴んだ
掴んだとたん、グイっと勢いよく引っ張られて立ち上がった


「うわっ」

「あ?おまえ、おさげなの?」

「う、あ…そうだけど」

「ふうん、似合ってんじゃん、伸ばせば?」


髪をいじられながら、赤丸は思った
ここに来て、正解だ。と


「言われなくとも…元より伸ばすつもりでござる」

「え、何そのいきなりござる口調」

「心機一転…でござるよ。はっちゃん」


パチクリと瞬きしたはっちゃんは、すぐに二カッと笑って


「おう!改めてよろしくな!」


強く手を握りながら、そう言った


「こちらこそ。…あ、他の忍者たちにもあいさつをしなければいけないでござる」

「俺が案内してやるよ」




赤丸青年期、彼はもう、1人ではなかった

少しのコンプレックスと、大きなプライドと、そして掛け替えの無い仲間がいた


日輪荘の設定を元にした綸子さんのオリジナルです


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